事業承継
事業承継とは、経営者から後継者に会社の経営が引き継がれることをいいます。日本の多くの中小企業はオーナー経営を行っており、そのオーナーが死亡した場合、子供などに経営権が引き継がれることになりますが、その際に、後継者は自社株、宅地などを相続することになります。特に企業経営が順調であって内部留保が進んでいる場合には、株価が上昇するため(相続税評価額が高くなる)、自社株の相続の際に多額の相続税が発生することになります。自社株を始めとした相続税対策を講じておかないと、後継者は大きな負担を負うことになってしまいます。
1.相続税対策としての自社株価の引き下げと相続税の特例の利用について
相続税が巨額になり、自己資金では相続税を支払えない場合、相続税を捻出するためには、相続した財産を換価・物納することが必要となりますが、オーナーは不動産を有していてもそれを会社のために利用している(金融機関からの借入時の担保としていたり、あるいは会社の店舗や工場として利用している)ケースが多く、相続税の支払いのために簡単に換価・物納することができません。このような場合、オーナーから相続した財産で唯一、自由な財産が自社株ということになります。
ところが、自社株は経営権を確保するために重要な要素となるので、自社株を引き継いだとしてもそれを相続税の支払いのために売却することはできません
*1。また、自社株の場合、株価の評価額によって相続税の額も変わってきます。業績が好調であったり、自社株の相続税対策を怠っていると相続税の額も大きなものとなります。自社株を安易に売却することができない場合には相続税の支払いに苦しむことになってしまうため、事前に自社株価の引き下げを行う必要があります。
また、自社株の相続税対策と並んでもう一点忘れてはならないのが中小企業の事業承継に役立つ相続税の特例(「小規模宅地等に係る相続税の課税価格の特例」)の存在です。なぜならこの特例を利用することができれば、後継者の税負担を大幅に軽減することが可能となり、事業承継をより円滑に行うことができるからです。
では、具体的に自社株価の引き下げ方法はどのように行えばよいのでしょうか。そして、小規模宅地等に係る相続税の課税価格の特例とはどういった場合に適用されるのかについて以下では説明していきます。
*1 非上場の株式はそもそも「売却が困難な財産」として物納に一定の制限があります。
2.事業承継対策
(1)株価評価方法
自社株に対する相続税対策が重要になってくることは上述のとおりですが、その対策としては自社の株価を引き下げるという方法が有効になります。まずは、どのような方法で株式の評価がされるかを簡単に概観した上で、事業承継対策としてどのように株価を引き下げればよいのかを検討していきます。
株式の評価方法には、原則的評価方式として@類似業種比準方法、A純資産価額方式、B両方式の併用があります。@の類似業種比準方式とは、非上場株式の相続税評価額を業種の類似する会社の平均株価と比較して計算する評価方法です。評価に際しては、1株あたりの配当、1株あたりの利益、1株あたりの純資産が考慮されることになります。 Aの純資産価額方式は、会社を清算した場合の株主の手取額を非上場株式の相続税評価額として計算する評価方法です。総資産額から負債の合計金額と、含み益に対する法人税などを差し引いた額を、発行済株式総数で割って算定します。
@類似業種比準方式が採用されるのか、それともA純資産価額方式が採用されるのか、あるいは両者が併用されるのかということは会社の規模によって決まります。大会社は類似業種比準方式、中小会社は両方式の併用となります。純資産価額方式が採用されるのは特定の評価会社の中でも株式保有特定会社、土地保有特定会社、開業後3年未満の会社、比準要素数0の会社、開業前・休業中の会社です。それぞれの対応表は表T、表Uのとおりです。
表T会社規模と評価方法
会社区分 |
評価方式(左右いずれか低いほうが採用される) |
大会社 |
類似業種比準価額 |
純資産価額方式 |
中会社 |
大 |
類似業種比準価額×0.9+純資産価額×0.1 |
純資産価額方式 |
中 |
類似業種比準価額×0.75+純資産価額×0.25 |
純資産価額方式 |
小 |
類似業種比準価額×0.6+純資産価額×0.4 |
純資産価額方式 |
小会社 |
類似業種比準価額×0.5+純資産価額×0.5 |
純資産価額方式 |
株式保有特定会社 |
純資産価額方式 |
S1+S2* |
土地保有特定会社 |
純資産価額方式 |
|
*S1とは,発行会社が保有する株式やその株式の配当金を除外した上で、原則的評価方式
によって評価される部分のことを示します。 S2とは、発行会社が保有する株式に相当する
部分の価額で、純資産価額方式で評価されます。この両者を足した額が株式保有特定会社
の評価額となります。
表U会社規模の分類(例:小売業・サービス業の場合
*)
従業員数
(人) |
総資産価額
(円) |
取引金額(円) |
20億以上 |
12億以上 |
6億以上 |
6千万以上 |
6千万未満 |
100以上 |
10億以上 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
7億以上 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
4億以上 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
4千万以上 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
4千万未満 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
51〜99 |
10億以上 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
大会社 |
7億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の大 |
中会社の大 |
中会社の大 |
4億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の中 |
中会社の中 |
4千万以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
中会社の小 |
4千万未満 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
31〜50 |
10億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の中 |
中会社の中 |
7億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の中 |
中会社の中 |
4億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の中 |
中会社の中 |
4千万以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
中会社の小 |
4千万未満 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
6〜30 |
10億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
中会社の小 |
7億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
中会社の小 |
4億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
中会社の小 |
4千万以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
中会社の小 |
4千万未満 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
〜5 |
10億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
7億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
4億以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
4千万以上 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
4千万未満 |
大会社 |
中会社の大 |
中会社の中 |
中会社の小 |
小会社 |
*卸売業の場合、総資産価額の分類は、20億以上、14億以上、7億以上、7千万以上、7千万未満の5段階、取引金額は80億以上、50億以上、25億以上、2億以上、2億以下の5段階。その他の業種の場合、総資産価額の分類は10億以上、7億以上、4億以上、5千万以上、5千万未満の5段階、取引金額は20億以上、14億以上、7億以上、8千万以上、8千万未満の5段階で分類される。
(2)自社株価の引き下げ
1)類似業種比準方式の場合の株価引き下げ方法
前述のように、類似業種比準方式による株式評価が行われる場合、考慮される要素(比準要素)は、@1株あたりの配当、A1株あたりの利益、B1株あたりの純資産額です。従って、類似業種比準方式において株価を引き下げるためには、これらの3つの要素の引き下げを行えばよいということになります。ただし、これらの比準要素のうち、0となるものが2つまたは3つ発生した場合には、算定方法が変わってくるので注意が必要です。
@年配当比率の引き下げ
配当率を引き下げることによって株価を下げることができます。場合によっては年配当を0にすることも手段として考えられます。
あるいは、通常配当を特別配当に変更させる方法も考えられます。配当金額の算定には、直前期末以前2年間の平均を用いるのですが、特別配当・記念配当といった毎期継続性のないものは配当金額には含まれないため、株価を下げることができます。
A利益の引き下げ
利益の圧縮方法としては、高収益部門の譲渡が考えられます。新会社を設立して、その新会社に好収益部門を移転する方法です。この場合、新会社は後継者が全額出資した会社である必要があります。後継者がすでに別会社を設立していれば、その会社へ営業譲渡する方法が望ましいです。ただし、このような高収益部門の営業譲渡の場合、元の会社が株式保有特定会社
*1になる危険性や、あるいは土地保有特定会社
*2へと転換してしまう危険性があります。これらの会社の株式は純資産価額方式によって株式の評価がされてしまうので、場合によっては既存会社の株価が上がる可能性もあります(株式保有特定会社、土地保有特定会社の株式評価方法は上記表Tを参照)。
*1 会社の資産のうち、株式などが占める割合の高い会社のこと。株式などの相続税評価額の総資産額比率が、大会社の場合25%以上、中小会社の場合は50%以上になると株式保有特定会社と認定されます。
*2 相続税評価の対象となる総資産のうち、土地などの占める割合が、大会社で70%以上、中会社で90%以上になると土地保有特定会社と認定されます。
B利益・純資産額の引き下げ
その他の利益を引き下げる方法として、株式や土地の含み損の実現、従業員への退職金・決算賞与の支給、大型の設備投資などが考えられますが、これらの方法は同時に会社の純資産額の引き下げにもなるので、有効な方法です。
2)純資産価額方式の場合の株価引き下げ方法
純資産価額方式で株式評価が行われる場合の株価引き下げ方法は、類似業種比準方式の利益・純資産額の引き下げと同じ方法が有効です。つまり、高収益部門の譲渡、株式や地価の含み損の実現、従業員への退職金・決算賞与の支給、大型の設備投資などが考えられることになります。
3)評価方法の変更
内部留保の多い会社の場合、類似業種比準方式のほうが、純資産価額方式によりも株式評価が低くなる傾向があります。株価引き下げについても、類似業種比準方式の場合には配当、利益、純資産額での引き下げが有効ですが、純資産価額方式の場合には純資産のみが考慮要素となり、実際には純資産を減らすことは困難という問題があります(対策としてはいずれも大幅な出費が必要となります)。このような場合には、純資産価額方式による算定を回避する方法が考えられます。表Tにも示されているように、会社の規模が小規模になればなるほど、純資産価額方式を採用する比率が高くなります。そこで、純資産価額方式による株式評価を回避するために、会社規模を変更するという方式が考えられます。表Tからも分かるように、会社の規模の基準となるのは、従業員数、総資産価額、取引金額です。これらの要素を増やすことによって会社の規模が変更になれば、株式評価方法も変わってくることになります。ただ、会社の大幅な規模拡大は容易ではなく、また拡大方法によっては株式保有特定会社・土地保有特定会社となってしまう危険性もあります。
3.小規模宅地等に係る相続税の課税価格の特例
事業承継を円滑に行うためには、自社株価の引き下げとともに、相続税の特例(「小規模宅地等に係る相続税の課税価格の特例」)が重要になります。なぜなら、この特例を利用することができれば宅地等の評価額が一定割合減額されるため相続税対策の有効な一手段となるからです。この特例を利用することによって後継者の負担を大幅に軽減し、事業承継を円滑に行うことが可能となります。では、どのような場合にこの特例が適用されるのでしょうか。そこで以下では特例の具体的な内容について説明していきます。
(1)特例の内容
この特例によれば、事業用または住宅用に使われていた宅地等で、@相続開始直前において、被相続人又は被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族の事業の用若しくは居住の用に供されていた宅地又は国の事業の用に供されている宅地等*1であり、A建物又は構築物の敷地の用に供されていたものであり、B棚卸資産およびこれに準ずる資産に該当しないものであり、C限度面積であり(表V参照)、D相続税の申告期限までに分割されている場合*2、これら5つの要件を全て充たす場合には、課税価格の計算において、その宅地の評価額を一定割合で減額することができます(表V参照)。
表V 宅地等の種類、上限面積、減額割合の対応表
宅地等の種類 |
上限面積 |
減額割合 |
特定事業用宅地等 |
400u |
80% |
特定同族会社事業用宅地等 |
400u |
80% |
国営事業用宅地等 |
400u |
80% |
特定居住用宅地等 |
240u |
80% |
特例対象宅地等 |
200u |
50% |
(平成17年4月1日現在)
*1 特定郵便局の敷地の用に供されているものに限られる。
*2 但し、@相続申告期限後3年以内に分割された場合、A相続税申告期限後3年を経過するやむを得ない事情を税務署長の承認され、その事情が無くなった後4ヶ月以内に分割された場合は特例の適用が受けられます。
(2)特例を受けるための手続
特例の適用を受けるためには、相続税の申告書にこの特例の適用を求める旨、およびその他所定の事項を記載の上で、一定の書類を添付する必要があります。
4.さいごに
以上のように、事業承継のための相続税対策として、自社株の株価引き下げという方法と事業承継円滑化のための特例の利用について説明しましたが、この他にも様々な相続税対策が考えられます。税法や関連通達等の改正により計算方法や基準などが時時刻刻と変化しています。事業承継における相続税対策はケースバイケースで判断することが望ましく、また事前の準備がとても重要になってくるので、専門家のアドバイスを受けて実施することが望ましいでしょう。